堀直央
ほりなおひで
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩主(村松藩)
江戸 [1797年~1861年]
堀直央とは?
堀直央(1797-1861)は江戸時代後期の大名。父は堀直方。越後村松藩の第9代藩主・直寄系支流堀家9代である。官位は従五位下、丹波守。1802年から兄の直庸《なおつね》が第8代藩主だったが、家老を中心に悪政が横行しており、1814年に藩内全土で百姓一揆が起こっていた。1819年に直庸が死去したため、直央が家督を相続。1828年には推定最大震度7の三条地震が発生し、領内の家屋が1千軒以上倒壊、数百人の使者を出すという大災害に見舞われている(1855年の安政江戸地震でも、村松藩江戸藩邸が倒壊し正室が圧死するなどの被害を被った)。1850年には城主大名となり、村松陣屋が城に改修された。1853年に農村経済発達による専売制の導入や流通設備を整え藩の収入を増加させ、文武を奨励した。社寺の保護にも尽力しており、上野大仏を2度にわたって修復したほか、1838年には新潟県五泉市・神明宮の御神像修復の大旦那となり、1845年には同じく五泉市の日枝神社に現在の社地を寄進、社殿造営の後に遷宮している。 新潟県五泉市の直央神社の境内には堀直央の墓碑が建立されており、同じく五泉市の堀家ゆかりの住吉神社には御神像として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
奥田直央おくだなおひで
その他
祀られている主な神社
直央神社
(新潟県五泉市村松甲6435番地)
