塩焼王
しおやきおう
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 皇族
奈良 [~764年]
塩焼王とは?
塩焼王(?-764)は奈良時代の皇族。天武天皇の孫で新田部親王の子。妻は聖武天皇の皇女である不破内親王。天皇の血筋であることで、無位から従四位下に叙されたのを皮切りに、正四位下まで順調に昇進していたが、742年に投獄され伊豆に流される。この時の罪状などについて詳しい記録は残されていないが、3年後には赦され京へ戻り、官位も正四位下と以前の状態に戻っている。757年には皇太子となっていた弟の道祖王が廃され、次の皇太子に推す声もあったが、孝謙天皇の反対に合い叶わなかった。またこの年には姓を与えられて皇籍を離れ、以降は氷上塩焼(ひがみのしおやき)と名乗った。この後も、従三位、参議、中納言と出世し高位を得ている。しかし、764年に藤原仲麻呂が起こした反乱において天皇に擁立されるも、乱は失敗に終わり仲麻呂は敗走。塩焼王も同行するが、天皇による追討軍に捕らえられ近江国(滋賀県)において処刑される。滋賀県高島市にかつてあった万木森では塩焼王の霊がまつられていたとされるが、現在その跡地に建つ神社の祭神に塩焼王の名前は見られない。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
氷上塩焼ひがみのしおやき
その他
