遠山景直
とうやまかげなお
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~江戸 [~1615年]
遠山景直とは?
遠山景直(?-1615)は安土桃山~江戸時代の武士。信濃国(長野県)に和田城を築城し、信州遠山氏の初代とされる遠山景広の子。父の代では武田信玄に従属していたが、武田方の敗北と父の討ち死ににより景直が跡を継いだ。1585年の上田合戦では徳川家康の軍に加わり出陣。戦の功績に対し3500石の領地を安堵される。1614年の大坂冬の陣と翌年の夏の陣ともに家康に従い出陣し功を挙げるが、夏の陣からわずか数カ月後、景直は病気のため和田城において死去。家督は嫡男の加兵衛景重が継いだ。しかし、その後は家督争いや百姓一揆が重なり、遠山氏は所領を没収され取り潰しの処分を受ける。これにより景直の代には隆盛を誇った遠山氏は三代で終わりを迎えることとなった。 景直は長野県の正八幡宮の他、遠山郷と呼ばれる地域の神社において、一族と共に祭神(八社の神)としてまつられている。名君として領民に慕われ、現代でも「遠山様」として親しまれている景直だが、一方では厳しい年貢の取り立てに一揆を起こされるほどの暴君であったとの説があり、一揆により滅んだ遠山氏一族の霊を鎮めるために、八社の神としてまつったとの言い伝えが地元には残されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
政王大神まさおうだいじん
その他
