遠山景朝 神社の神様 - 神社ファン

遠山景朝

とおやまかげとも

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

平安~鎌倉

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 遠山景朝とは?

    遠山景朝(?-?)は平安~鎌倉時代の武士。父の加藤景廉は、御家人として美濃国(岐阜県)の遠山荘を与えられ地頭に任命される。幕府の信任が厚く鎌倉を離れられない父に代わり、嫡男の景朝が遠山荘に居を移す。景朝は加藤姓を改め遠山姓とし、岩村を拠点として城を造り領主となった。以後、いくつかの分家によって広大な美濃の地を治めた有力氏族、遠山氏の初代となる。なお、時代劇でよく知られる遠山金四郎こと遠山景元は、分家のひとつである明知遠山氏の末裔である。1221年に朝廷が鎌倉幕府に対して兵をあげた承久の乱においては、幕府の勝利後、朝廷側の首謀者の一人である公家の一条信能を、鎌倉の命により連行途中の岩村において斬首した。 景朝は岩村城のある恵那市岩村町の武並神社に祭神としてまつられ、氏神として町を見守っている。岩村町には父の景廉が祭神としてまつられている八幡神社があり、同町では年に一度、景朝が御輿に乗って父に会いに行き、一夜を過ごすという祭事が行われている。この神輿渡御行列は1631年を起源とし、380年以上の歴史を持つ。岐阜県の指定重要無形民俗文化財に指定され、今も町民によって伝統が守られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。