円珍 神社の神様 - 神社ファン

円珍

えんちん

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
円珍

金倉寺所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング4751位

  • 僧侶

平安 [814年~891年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 円珍とは?

    円珍(814年-891年)は讃岐国(香川県)の豪族佐伯家に生まれた平安時代の天台宗の僧侶。円珍の母親は弘法大師空海の姪に当たる。15歳で比叡山に赴き仏法を学びはじめ、20歳にして菩薩戒(ぼさつかい)を授かり、その後延暦寺の学頭となる。853年に唐に渡り、天台山国清寺(中国浙江省)にて200巻以上にわたる天台宗の注釈書「天台の章疏」を授かる。858年に帰国し、しばらくは各地を転々とするが868年には延暦寺座主となり、続いて園城寺(滋賀県)を賜る事となる。円珍は園城寺を延暦寺別院の道場として整備し、以降、円珍の門徒が代々別当を務めている。円珍は唐において天台、真言など様々な仏法を学んだうえで多くの経典を当時の日本にもたらし、延暦寺中興の祖としての功績は非常に大きい。また、円珍は多くの著書を残しており、「大日経指帰」、「講演法華儀」、「法華論記」など著名な書物も多い。 円珍が宗祖として崇められている園城寺は別名三井寺と呼ばれ、その別名は天智、天武、持統天皇の三天皇の産湯として使われて冷泉がある寺として通称「御井の寺」と呼ばれ、その冷泉を円珍が三部潅頂という修行に用いたことに由来している。また、園城寺は東大寺・興福寺・延暦寺と並び本朝四箇大寺の一つに数えられていたが、円珍の死後は円珍門徒と慈覚大師円仁門徒の間に対立が発生し延暦寺を山門、三井寺を寺門と称し天台宗は二派に分裂することになる。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    智證大師

    ちしょうだいし

    その他