永金阿闍梨 神社の神様 - 神社ファン

永金阿闍梨

ようぎんあじゃり

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 僧侶

平安~鎌倉

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 永金阿闍梨とは?

    永金阿闍梨《ようぎんあじゃり》は平安時代末期~鎌倉時代前期にかけての人物。厚地村(現在の鹿児島県花尾町)は花尾山の頂上に花尾神社を創建した僧侶であり、同社の別当寺平等王院および付属三十六坊の開山となった人物でもある。「阿闍梨」は模範となる高僧に与えられる位であるため、記録等には単に「僧永金」と記されていることも。また、俗人であった頃の姓は「大蔵氏」という。永金阿闍梨は、かの初代島津忠久公の生母であった丹後局に厚く信頼されていた。事実、安貞元年(1227年)に亡くなった丹後局は、本人の遺言により永金阿闍梨と関わりの深い花尾の地にて荼毘に付されている。件の花尾神社の主祭神は源頼朝公ならびに丹後局となっているが、永金阿闍梨も従祀神として共に祀られており、三位の神は合わせて「花尾権現」として歴代の藩主に崇敬された。 現在の花尾神社の参道脇に並ぶ数十基の石塔群は丹後局と、鎌倉から随従した武臣たちの墓であるが、局御墓の右隣には永金阿闍梨の墓も残されている。江戸時代後期に薩摩藩が編纂した文書・三国名勝図会に「永金の石塔にも、さまざま霊験あるよしいへり」と記されていることからも、永金阿闍梨が人々に長く帰依されてきた事実が伺える。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    花尾神社
    (鹿児島県鹿児島市花尾町4043)