宇都宮朝綱 神社の神様 - 神社ファン

宇都宮朝綱

うつのみやともつな

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
宇都宮朝綱

国書刊行会(集古十種 パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 武人

平安~鎌倉 [1122年~1204年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 宇都宮朝綱とは?

    宇都宮朝綱(1121-1204)は八田宗綱の子として生まれた、平安時代後期から鎌倉時代初期の武将。宇都宮氏は下野国で約500年続いた歴史ある家柄であり、その当主は22代におよぶ。朝綱は初代宗円から3代目に当たるが、父宗綱までは宇都宮姓を名乗っておらず、事実上の宇都宮氏初代当主ともいえる。大番役として上洛した朝綱は後白河院北面の武士の任に当たっていたが、1180年に源頼朝が伊豆で挙兵し、関東に本拠を置く朝綱は平清盛によって一時抑留される。その後、京を脱出して頼朝に仕え、1189年の奥州合戦では武功を挙げ、「坂東一の弓取り」と頼朝から褒めたたえられる。1190年には頼朝上洛にも帯同し、宇都宮社務職を拝命し宇都宮氏発展の基礎を築いた。しかし、1194年には横領の罪で一時土佐に配流される。赦免され下野に戻った朝綱は出家し自らを重阿弥陀仏と称し仏道に精進した。 朝綱は配流された土佐国の賀茂神社を勧請し、現在の栃木県益子町に綱神社を建立。その後豊臣秀吉によって宇都宮氏が改易となるまで代々庇護し続けていた。綱神社の本殿は室町時代後期に改築されたお社がそのまま現存しており、現在では国指定重要文化財となっている。 朝綱は享年83歳の長命でこの地で亡くなっている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    宇都宮神社
    (長崎県佐世保市萩坂町646-イ)