宇都宮正綱
うつのみやまさつな
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 大名
戦国 [~1579年]
宇都宮正綱とは?
宇都宮正綱(1447-1477)下野の国守護大名宇都宮等綱の二男として生まれる。宇津宮氏の当主には兄の宇都宮明綱が継いでいたために、父等綱の実家筋にあたる武茂氏の家督を継ぐことになる。しかし、兄明綱が1463年に亡くなったために宇都宮氏の家督も継承し、正綱は宇都宮家、武茂家両家の当主となった。正綱は塩谷氏、武茂氏などの周囲の主要な豪族を従属させ、宇都宮家惣領に伝わる「綱」の文字を実名の一文字として与えることにより臣従のあかしとして、戦国大名としての基盤を築き上げ、息子成綱の代には北関東の覇者と呼ばれることになる。正綱は1457年に享徳の乱《きょうとくのらん》に出陣し、上野国の川曲の戦いで戦没している。享徳の乱とは、鎌倉公方足利成氏と関東管領上杉憲忠の対立に端を発する欄であり、関東における戦国時代の火ぶたを切った戦いともいえる。同時にその頃正綱は、宇都宮明神の式年造替の際に「日光山並当社縁起絵巻」を奉納するなど文化的な貢献においても注目されている。 宇都宮氏は宇都宮検校として代々宇都宮二荒山神社と関りを持ち、また、益子町の綱神社とも縁がある。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
修理太夫しゅりだゆう
その他
祀られている主な神社
若宮神社
(愛媛県西予市明浜町高山甲1315番)
