稲生正令 神社の神様 - 神社ファン

稲生正令

いのうまさよし

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩士(広島藩)

江戸 [1735年~1749年]

稲生正令とは?

稲生正令(1735-1803)は江戸時代中期の人物。通称は武太夫で、後に忠左衛門と改めた。備後国(広島県東部)三次藩士稲生武左衛門の長男として生まれる。16歳の時(1749年5月末)友人と共に比熊山で肝試しの百物語をしたことがきっかけで、多くの怪異に見舞われるようになり、後にこの体験を三次実録物語という書に記した。この書に記された妖怪は個人の想像力の域を大幅に超えた奇抜な見た目や生態を持ち、近代化の波が押し寄せようかという頃の事件でありながら、怪異に見舞われた時期や場所、関係者が明記された点などが大きな評判を呼んだ。同僚である柏正甫が正令本人に聞き取りをしてまとめたという稲生物怪録は、後に泉鏡花や巌谷小波の小説、折口信夫の俄狂言の題材となった。正令の墓は、国善寺(広島県広島市)にある。この寺には、三次実録物語の中で少年期の正令が数々の怪異を乗り越え、その褒美として魔王から授かったという魔除けの木槌が納められている。 正令は広島県南区の稲生神社に祀られている。創建は1619年で、当初は稲荷神社として信仰されていた。後に正令が合祀されると、先に述べた魔除の小槌の縁起により魔除け・厄除け・強運のご利益があるとされるようになった。

ご神徳

厄除け 開運招福 勝運招来

祀られている主な神社

稲生神社
(広島県南区稲荷町2-12)