惟喬親王
これたかしんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング313位
- 皇族
平安 [844年~897年]
惟喬親王とは?
惟喬親王(844-897)は平安時代前期の皇族。文徳天皇の第一皇子で清和天皇の異母兄。幼少期から聡明であったが、権力者である藤原良房の娘に惟仁親王(後の清和天皇)が生まれると、惟仁親王が皇太子と定められる。惟喬親王は元服後14歳で大宰府の長官に任命されて以降、都を離れて各地で官職に就いた。その後病のため出家して隠棲。京都市北区雲ケ畑の岩屋山金峯寺(志明院)に宮を建て移り住む。この宮を耕雲寺(高雲禅寺)とも呼んだと伝えられ、現在も惟喬親王が写経したとされる大般若経一巻が遺っている。死期が迫ると、金峯寺が御所の川上に当たるためさらに北へ移った後に亡くなったと伝わっている。 歌人としても有名で惟喬親王の詠んだ歌は古今和歌集に収録されており、在原業平と親交が深かった。日本の国歌・君が代は臣下が惟喬親王に詠んだ歌という説もある。 惟喬親王は京都の惟喬神社をはじめ各地で主祭神としてまつられている。隠棲中の惟喬親王が住民に木工技術を伝えたことが、ろくろを用いて椀などを製作する木地師《きじし》と呼ばれる職人のはじまりとされ、滋賀県の大皇器地祖神社をはじめ全国の山間部で信仰されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
大皇器地祖神社
(滋賀県東近江市君ケ畑町977)
惟喬社
(京都府北区雲ケ畑出谷町138)
紀伊神社
(神奈川県小田原市早川1183ー1)
児子神社
(神奈川県真鶴町岩653)
七保神社
(三重県大紀町野原483-2)
