伊藤博文 神社の神様 - 神社ファン

伊藤博文

いとうひろぶみ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
伊藤博文

表記なし

祭神ランキング1527位

  • 藩士(長州藩)
  • 政治家

江戸~明治 [1841年~1909年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 伊藤博文とは?

    伊藤博文(1841-1909)は、江戸~明治期の武士であり政治家である。周防国(山口県)の百姓の子として生まれ、養父が足軽の地位を得たため博文も足軽となった。妻に女流歌人の伊藤梅子がいる。博文は吉田松陰の松下村塾で高杉晋作らと共に学んだことで知られている。18歳のときに桂小五郎の従者となって江戸に行き、尊皇攘夷運動に参加する。倒幕を果たした後は明治政府の中心人物の一人として活躍し、岩倉使節団の一員として欧米諸国に赴き、その経験を元に憲法の草案を作り、ついには史上初の総理大臣に就任する。その他にも枢密院議長、貴族院議長、初代韓国統監などを歴任するも、1909年韓国の独立運動家によって暗殺された。博文と関わりのある神社としては、松陰神社が有名である。安政の大獄で刑死した松陰を祀った神社で、その建立には博文も尽力した。長州藩主の別邸があった東京都世田谷区と松陰の生家があった山口県萩市にあり、どちらも学問の神として有名。東京の松陰神社には後に博文本人の他、高杉や桂など明治維新で活躍した志士たちが共に祀られた。 また、博文を祀った神社としては束荷神社(山口県光市)も挙げられる。束荷は博文の故郷であり、当初は光市の伊藤公記念公園内に伊藤神社が建立されていたが、老朽化に伴い1959年束荷神社に合祀された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    春畝

    しゅんぽ

    その他

    祀られている主な神社

    束荷神社
    (山口県光市大字束荷第二七〇番地)