伊東祐堯
いとうすけたか
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
室町 [1409年~1485年]
伊東祐堯とは?
伊東祐堯(1409-1485)は室町時代の人物。伊東祐国らの親。日向(宮崎県)の大名・飫肥藩主を代々務めた伊東家に生まれる。家紋は庵木瓜。伊東家代11代当主。同地の豪族であった土持氏らを下し、宮崎平野を中心として他の城を次々と傘下に収める。伊東氏歴代の中でも多くの功績を残し、領土・勢力を共に拡大し、伊東氏による日向国支配の基礎を築いた。飫肥城攻めのため清武城に入城し、その後同城にて死去。現在は清武城址の西北に、宮崎市指定史跡である伊東祐堯公墓が存在する。 また祐堯は加納神社(宮崎市清武町)の祭神であり、その偉業を称え、伊東祐堯公として祀られている。同神社は伊東家が参勤交代の際に参拝する領地最後の社であった。出仕の際は武運長久を祈願し、帰国の際には無事を報告したとされる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
加納神社
(宮崎県宮崎市清武町加納乙253番)
