伊東祐邑
いとうすけむら
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [~1486年]
伊東祐邑とは?
伊東祐邑(?-?)は戦国時代の武将。父親は第11代日向伊東氏当主伊東祐堯。祐邑が生誕したころ伊東氏は都於郡城を本拠として日向国の大半を版図としていた。日向国南部にある飫肥城主新納忠続は島津久逸と対立し、これに呼応して父祐堯は祐邑らを伴い飫肥城攻めに参戦、しかし父祐堯は戦闘の最中に死亡する。翌年兄の伊東祐国は祐邑と共に再び飫肥城を攻めるが、兄祐国は乱戦の中死亡し伊東軍は敗退となった。兄祐国の死後、伊東家では兄の嫡男尹祐に対して祐邑が家督を強奪するのではないかと噂が立ち、本家筋の家臣野村右衛門佐父子が日知屋城で祐邑を惨殺した。その後日知屋城近辺の村では「毎夜白馬に乗った祐邑が現れる」などの怪異が続き疫病なども蔓延し、伊東家本家内においてもうなされながら死んでいく者が出たとされ祐邑の呪いと恐れられた。 祐邑は宮崎県宮崎市にある加護神社に祭神として祀られている。加護神社は祐邑の呪いを鎮めるために建立された神社であり、その後江戸時代になり3代の伊東家当主も合祀されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
加護神社
(宮崎県宮崎市大字郡司分字国富2225番)
