伊東義賢 神社の神様 - 神社ファン

伊東義賢

いとうよしかた

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国~安土桃山 [1567年~1593年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 伊東義賢とは?

    伊東義賢(1567-1593)は戦国時代の武将。父親は日向国(宮崎県)伊東氏第12代当主伊東義益、母親は一条房基の娘阿喜多。キリシタンであり洗礼名はバルトロメオ。父義益が急死したために11歳の若さで家督を継承し当主となった。祖父の伊東義祐が島津氏に追われ大友宗麟を頼り豊後に落ち延びる途上の出来事であった。豊後で宗麟に庇護された義賢は学問にいそしみ和漢の才学に秀でた才能を示していた、またこの頃大友家の導きもあり洗礼を受けキリシタンとなっている。叔父の伊東祐兵が豊臣秀吉の島津攻めに加勢し武功を挙げたことから飫肥城を賜り伊東氏を再興すると義賢も馳せ参じる。秀吉の朝鮮出兵の際には従軍し、漢学の知識から敵方の書簡を解読するなどの功績が認められ軍勢の中でも名声を高めることになる。しかし、義賢は帰国途上の船内で死亡した。記録では病気による死となっているが叔父祐兵との家督争いを未然に防ぐために暗殺されたとも言われている。 義賢は宮崎県宮崎市にある加護神社に祭神として祀られている。加護神社は叔父の祐兵死後、当地でたびたび祟りが起きたことから鎮めるために建立された神社であり、伊東氏4代当主が合祀されている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    加護神社
    (宮崎県宮崎市大字郡司分字国富2225番)