伊達邦成
だてくにしげ
- 歴史的人物
- 男神・男性

三一書房(明治の群像8 開拓と探検 パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩士(仙台藩)
- 開拓者
江戸~明治 [1841年~1904年]
伊達邦成とは?
伊達邦成(1841-1904)は江戸~明治時代の人物。邦成と同様に、明治維新後の北海道開拓に取り組んだ伊達邦直の弟。仙台藩伊達一門の次席である亘理伊達家の婿養子となり2万5千石の当主となる。仙台藩が戊辰戦争で新政府軍に敗れ、邦成の所領も58石にまで減らされてしまったため、家臣団を引き連れ北海道胆振国有珠郡(伊達市)の開拓に乗り出す。数々の困難を乗り越えた邦成の施策は新政府による北海道開拓の見本となった。明治25年(1892年)には、開拓の功により勲四等瑞宝章を受勲し男爵の称号を授かる。その祝いとして家臣らによって建てられた邸は、明治政府の高官たちを接待するための迎賓館として利用され、現在も当時を知る歴史的建造物として残されている。北海道入植後、開拓と北門鎮護の守護として、後に伊達神社と社名を改めた鹿島國足神社を建立し邦成自ら祭主となった。 邦成は北海道移住を進言した家老の田村顕允と共に、伊達神社の祭神として昭和10年(1935年)に合祀されている。北海道神宮の末社である開拓神社では、北海道開拓功労者を37柱の祭神として祀っており、邦成もその1柱として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
伊達神社
(北海道伊達市末永町24番地1)
