安曇比羅夫
あずみのひらふ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし
祭神ランキング1527位
- 公家(貴族)
飛鳥 [~663年]
安曇比羅夫とは?
安曇比羅夫(?-663?)は飛鳥時代の人物。阿曇比羅夫との表記もあり、阿曇山背比羅夫連、安曇比羅夫連などは同一人物である。生没年など不明な部分が多いが、海の神「安曇磯良《あづみのいそら》」の子孫にあたり、北九州の志賀島一帯を拠点とした海人属(安曇氏)の当時の長とされる。 比羅夫と言えば百済との関係が有名であるが、斉明天皇の時代には百済の再興に奔走した。しかし663年の白村江の戦いで大敗し戦死したとされる。 安曇族は、神格化された有力氏族の一つで「日本書紀」では「海人の宗に任じられ」と、「古事記」では「阿曇連は綿津見神の子で宇都志日金柝命の子孫」と記されている。 また、「新撰姓氏録」では神々の子孫「地祇」として掲げる30氏に安曇が記されている。 安曇族を祭神とする神社は、ゆかりの地となる福岡県志賀島の「志賀海神社」を筆頭に数多く存在。しかしこと比羅夫として考えると長野県安曇野市の「穂高神社」となるよう。 長野県安曇野市は、安曇族の主だった本拠地の一つであり「穂高神社」には安曇族の英雄・叡智の神「安曇連比羅夫命《あづみのむらじひらふのみこと》」として祀られている。 毎年行われる「御船祭」、本祭りとなる9月27日は比羅夫の命日に因んだものである。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
穂高神社
(長野県安曇野市穂高字宮脇6079)
