安藤継明
あんどうつぐあき
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 家老(吉田藩)
江戸 [1747年~1793年]
安藤継明とは?
安藤継明(1747-1793)は、江戸時代の中期、伊予(愛媛県)吉田藩の家老。通称は儀太夫。伊予吉田藩の家老の安藤継明は、藩の和紙生産に対して不正を働く伊予吉田藩の御用商人法華津屋を正そうとしたが、失敗する。そのことを知った農民は、紙の専売制と重税にこれ以上耐えきれなくなり、寛政5年(1793)に伊予吉田藩の御用商人法華津屋に対し有名な百姓一揆、吉田騒動(武左衛門一揆)を起こした。一揆の原因を作った安藤継明は、一触即発の農民の前でその責任を取って切腹し、一揆の鎮静化を図った。一揆は農民側の主張が通り、大勝利となる。 自らの命をもって一揆を収めた安藤継明を偲び、嘉永7年(1854)には墓所のある海蔵寺内に廟所が造られ、遠くは九州からも多くの参拝者が訪れた。あまりの多くの参拝者に、明治6年、安藤継明の屋敷跡に継明神社が建立され、その後、安藤神社と改称された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
安藤神社
(愛媛県宇和島市吉田町東小路甲131)
