阿部正弘
あべまさひろ
- 歴史的人物
- 男神・男性

二世五姓田芳柳 - 福山誠之館(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング4751位
- 藩主(福山藩)
- 老中
江戸 [1819年~1857年]
阿部正弘とは?
阿部正弘(1819-1857)は江戸時代の人物。阿部正精の子。備後福山藩(広島県福山市)の藩主の子として、江戸屋敷で生まれる。病弱であった兄に代わり、17歳で藩主となる。老中首座として、江戸幕府12代将軍徳川家慶、13代将軍徳川家定の時代の幕政をまとめた。在任中には、外国船の来航、安政の改革など、さまざまな幕府の困難に直面している。対外政策に備えて日の丸の布告をしたのも正弘である。藩主である備後福山で過ごす時間は短かったが、藩校・誠之館を整備し、人材育成や教育に力を注いだ。藩校自体は全国各地で建てられていたが、正弘が建てた誠之館では、幅広い学問や試験制度など、新しい教育法が取り入れられ、近代教育の基礎を築き上げた人物である。 正弘は、備後福山神社(広島県福山市)に御祭神として祀られている。備後福山神社は、備後神社と阿部神社が合併されてできた神社で、阿部神社は、阿部家の遠祖である孝元天皇をはじめ、歴代の藩主を御祭神として祀るために建てられた神社である。歴代藩主の中でも正弘は、誠之館を整備し、功績から、学問成就、希望校合格、就職祈願のご利益があるとされている。
ご神徳
合格祈願
