布都御魂 神社の神様 - 神社ファン

布都御魂

ふつのみたま

  • 神話・伝説
  • 剣
佐士布都神/布都御魂

萩野由之(少年日本歴史読本)

祭神ランキング194位

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 布都御魂とは?

    布都御魂は『古事記』に登場する霊剣で、甕布都神とも呼ばれる。『日本書紀』では韴霊《ふつのみたま》と表記される。神そのものではなく神剣として登場するが、その剣に宿る霊威が神格化され、布都御魂大神として信仰されている。
    『古事記』では、葦原中国平定の際にタケミカヅチが携えていた剣とされる。神武天皇の東征では、熊野に入った神武天皇と軍勢が荒ぶる神の気によって倒れた際、高倉下がこの剣を献上した。神武天皇が目覚めると兵士たちも正気を取り戻し、剣を振るうことなく熊野の荒ぶる神々が斬り倒されたという。高倉下の夢では、天照大御神と高木神の命を受けたタケミカヅチが、自ら降る代わりに国を平定した剣を降ろすと告げ、その剣が高倉下の倉に置かれたとされる。
    『日本書紀』にも熊野で神武天皇の軍勢が毒気によって倒れ、高倉下が韴霊という剣を献上すると目覚めたという伝承が記されている。この剣は、かつてタケミカヅチが葦原中国を平定した際に用いたものとされる。このため布都御魂は、国土平定と神武東征という二つの重要な神話に関わる霊剣である。
    神武天皇の東征後、布都御魂は宮中で奉斎され、崇神天皇の時代に物部氏の祖である伊香色雄命によって石上へ遷されたと伝えられる。石上神宮では、神剣に宿る霊威を布都御魂大神として主祭神に祀っている。「フツ」という神名については、剣が物を断ち切る音や、武器の鋭い霊威を表したものとする説がある。
    また、鹿島神宮には巨大な直刀である韴霊剣が伝えられている。鹿島神宮では、神武天皇のもとへ韴霊剣が降されたため、後世に再び神剣が作られたと伝えており、現在伝わる直刀は国宝に指定されている。ただし、これは神話に登場する布都御魂そのものとするのではなく、鹿島神宮に伝承された別の韴霊剣として区別する必要がある。
    布都御魂は、危機を打開し災いを断ち切る霊剣として信仰され、起死回生、災難除け、勝運、健康長寿などの神徳があるとされる。代表的な神社は奈良県天理市の石上神宮で、布都御魂大神として主祭神に祀られている。

    エピソード

    熊野で倒れた神武天皇を救った霊剣
    『古事記』によれば、神倭伊波礼毘古命、のちの神武天皇が熊野へ入ったとき、大熊が現れてすぐに姿を消した。すると神武天皇と軍勢は荒ぶる神の毒気を受け、ことごとく意識を失って倒れてしまった。この危機を救ったのが、熊野に住む高倉下《たかくらじ》と一振りの横刀《たち》であった。
    高倉下が剣を献上すると、神武天皇はたちまち目を覚ました。剣を振るう前に熊野山の荒ぶる神々は自然に斬り倒され、倒れていた兵士たちも正気を取り戻したという。この剣が佐士布都神であり、甕布都神、布都御魂という別名を持つ。『日本書紀』でも、天照大神が武甕雷神に神武天皇を救うよう命じ、韴霊という剣が高倉下の倉へ降されたと記されている。
    布都御魂は、所有者が敵を直接斬るためだけの武器ではない。そこに存在するだけで邪気を退け、人々の生命力を回復させ、行軍を再開させる霊剣として描かれている。石上神宮で起死回生や健康長寿の神徳が語られるのは、絶体絶命の状態に陥った神武天皇と軍勢をよみがえらせた、この神話に由来するのである。

    出典・参考:『古事記』神武天皇段、『日本書紀』神武天皇即位前紀、國學院大學 古典文化学事業「布都御魂」



    国譲りに使われた剣が地上へ降された理由
    高倉下が見た夢では、天照大神と高木神が建御雷神に対し、葦原中国が騒がしく、自分の子孫が苦しんでいるため、再び地上へ降るよう命じた。これに対して建御雷神は、自ら降らなくても、かつて葦原中国の平定に用いた剣を降せばよいと答えた。そして剣を高倉下の倉の棟を通して落とし、神武天皇へ献上するよう告げたという。
    翌朝、高倉下が倉を確認すると、夢で示された通りに剣が置かれていた。ここで布都御魂は、建御雷神から独立して働く神聖な存在として表現されている。『古事記』は国譲りの場面で建御雷神が剣を波の上に逆さに立て、その切っ先にあぐらをかいて大国主へ国譲りを迫ったと伝える。布都御魂は、この国土平定の力を受け継ぐ剣とされたのである。
    ただし、国譲りの場面の剣を本文がその場で布都御魂と名付けているわけではない。神武東征の夢告によって、かつて国を平定した剣と佐士布都神が結び付けられている。国譲りでは交渉を背景から支え、神武東征では荒ぶる神を鎮めた布都御魂は、武力だけでなく、混乱した国土に秩序をもたらす剣の霊威を象徴している。

    出典・参考:『古事記』葦原中国平定段・神武天皇段、國學院大學 古典文化学事業「布都御魂」



    宮中から石上神宮へ遷された剣の霊威
    神武天皇を助けた布都御魂は、その後、宮中で奉斎されたと伝えられる。石上神宮の社伝では、崇神天皇7年、物部氏の祖である伊香色雄命《いかがしこおのみこと》が勅命を受け、布都御魂を大和国(奈良県)の石上布留高庭へ遷して祀ったことを神宮の創祀としている。剣に宿る霊威は布都御魂大神と称えられ、石上神宮の主祭神となった。
    石上神宮では布都御魂大神に加え、十種神宝に宿る霊威である布留御魂大神、八岐大蛇を斬った剣に宿る霊威である布都斯魂大神を祀る。それぞれ由来の異なる剣や神宝の力を、神として奉斎する祭祀が形成された。物部氏は朝廷の武器庫や神宝の管理に関わった氏族であり、石上神宮の祭祀にも代々奉仕した。
    布都御魂は実戦で使われた武器としてだけでなく、王権を守り、人の魂を奮い起こす神宝として扱われた。石上神宮の禁足地では明治時代に鉄剣が発見され、神剣として本殿内に奉安されたが、それを神話上の布都御魂と歴史的に同一の剣であると実証することはできない。重要なのは、剣の霊威そのものが二千年近く神として祀られてきたことである。

    出典・参考:石上神宮「御祭神・由緒」、天理市「石上神宮」、奈良県観光公式サイト「石上神宮」、國學院大學 古典文化学事業「布都御魂」



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    出典文献

    古事記

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    佐士布都神

    さじふつのかみ

    古事記

    布都御魂

    ふつのみたま

    古事記

    甕布都神

    みかふつのかみ

    古事記

    布都魂命

    ふつみたまのみこと

    その他

    建布都魂神

    たけふつのみたまのかみ

    その他

    祀られている主な神社

    石上神宮
    (奈良県天理市布留町384)
    常陸國總社宮
    (茨城県石岡市総社2丁目8番1号)
    阿保神社
    (埼玉県神川町大字元阿保1)
    赤堤六所神社
    (東京都世田谷区赤堤2-25-2)
    淀川神社
    (大阪府都島区毛馬町1-2-11)