天津甕星/香香背男
あまつみかぼし/かかせお
- 神話・伝説
- 男神・男性

祭神ランキング194位
天津甕星/香香背男とは?
天津甕星は『日本書紀』に登場する神である。天香香背男、香香背男、甕星香々背男などとも呼ばれ、神名の「男」から男神と考えられている。記紀神話で星神として明記された珍しい存在であり、『日本書紀』の一書では「悪神」と記された異色の神でもある。
『日本書紀』本文の注記では、経津主神と武甕槌神が従わない神々を平定した後も、星神の香香背男だけが服従しなかったため、倭文神の建葉槌命が派遣され、香香背男を服従させたと記されている。一方、一書第二では、経津主神と武甕槌神が葦原中国を平定するにあたり、天にいる悪神の天津甕星、別名天香香背男を先に討つべきだと申し出ている。『日本書紀』には天津甕星が抵抗した理由や、どのように服従させられたのかまでは記されていない。
一方、茨城県日立市の大甕神社には天津甕星にまつわる独自の伝承が残る。天津甕星はこの地を治めていた地主神とされ、建葉槌命との戦いの末に服従したと伝えられている。境内には天津甕星の荒魂を封じ込めたと伝わる宿魂石があり、『日本書紀』の神話とは異なる地域伝承として現在まで伝えられている。
天津甕星は、大甕神社(茨城県日立市)で地主神として祀られている。また、星神社(愛知県名古屋市)などでも天香香背男神の名で祀られている。
エピソード
天津甕星は『古事記』には登場せず、『日本書紀』の葦原中国平定に関する二つの記述に現れる。それぞれ神のいる場所や描かれ方が異なるため、同じ出来事として混同しないことが重要である。
本文の注記では、経津主神とタケミカヅチが従わない神々や草木、石に至るまで平定した後も、星神の香香背男だけが服従しなかったとされる。そこで倭文神《しとりがみ》である武葉槌命が追加で派遣されると、香香背男は服従し、二柱の武神は天へ帰った。
一方、一書第二では、経津主神とタケミカヅチが葦原中国へ降る前、天には天津甕星という悪神がいると天つ神へ申し出る。天津甕星の別名は天香香背男とされ、二柱はこの神を先に討ってから地上を平定したいと願った。しかし、この一書には天津甕星との戦いや、実際に討たれたのかどうかは記されていない。
本文の香香背男は地上平定の最後まで抵抗する星神であり、一書第二の天津甕星は天にいる悪神である。『日本書紀』は天津甕星と天香香背男を同じ神とする一方、本文の香香背男との関係を詳しく説明していない。後世には三つの神名が同一神として扱われるようになったが、原典には異なる形の伝承が残されているのである。
出典・参考:『日本書紀』神代下第九段本文・一書第二、『新編日本古典文学全集2 日本書紀1』
『日本書紀』本文の注記では、経津主神とタケミカヅチが葦原中国の平定を進め、従わない神々だけでなく、草木や石までも服従させたと記される。それでも最後まで従わなかったのが、星神の香香背男であった。
そこで追加で派遣されたのが、倭文神《しとりがみ》の武葉槌命である。倭文とは、日本古来の文様を織り出した織物を指し、武葉槌命は機織りや織物に関わる氏族の祖神として信仰されている。武力に優れた経津主神とタケミカヅチが服従させられなかった星神を、なぜ織物の神が従わせることができたのかは、神話の大きな謎となっている。
『日本書紀』は、武葉槌命が派遣されると香香背男が服従したと記すだけで、戦いの様子や説得の言葉、服従した理由を一切伝えていない。このため、武葉槌命が布を織る技術や祭祀によって星神を鎮めた、武力ではなく懐柔によって従わせたなどの解釈もあるが、原典から確認できる事実ではない。
確かなのは、ほかの神々が平定された後も香香背男だけが抵抗を続け、経津主神とタケミカヅチが天へ帰るには、その服従を待たなければならなかったことである。短い記述ながら、天津甕星は葦原中国平定の完了を左右した、最後のまつろわぬ神として強い存在感を示している。
出典・参考:『日本書紀』神代下第九段本文、国立国会図書館レファレンス協同データベース「倉吉の倭文神社の主祭神は? 建葉槌命はどのような神か」
茨城県日立市の大甕神社では、武葉槌命を主祭神とする一方、天津甕星を甕星香々背男大神の名で地主神として祀っている。服従させた神だけでなく、服従させられた星神も土地の神として祭祀を受けているのである。
大甕神社の社伝では、鹿島・香取の二神が従わない国津神や草木、石を平定したものの、大甕の地を支配していた甕星香々背男だけは征服できなかったとする。そこで二神に代わって武葉槌命が大甕へ赴き、甕星香々背男の霊力を宿魂石《しゅくこんせき》へ封じたと伝えられている。
宿魂石は一つの巨石ではなく、大甕神社境内にそびえる岩山全体を指す。その上には武葉槌命を祀る本殿が鎮座し、岩群には甕星香々背男の荒魂が鎮められている。『日本書紀』は香香背男がどこで服従したのかを記しておらず、宿魂石に封じたという部分は大甕神社に伝わる独自の伝承である。
この信仰で注目されるのは、天津甕星が滅ぼされて忘れられた神ではないことである。かつて土地を支配した強大な神として畏れられ、服従後も地主神として祀られ続けている。大甕神社は、中央の神々に抵抗した星神が、地域を守る土地の神へ変化した姿を現在に伝えている。
出典・参考:大甕神社公式サイト「由緒」「境内のご案内」、日立市公式ウェブサイト「宿魂石」
『日本書紀』の一書で悪神とされた天津甕星は、後世の神社信仰では星そのものを司る神として祀られるようになった。その代表例の一つが、愛知県名古屋市の星神社である。
星神社は大己貴命《おおなむちのみこと・大国主》を主祭神とし、天津甕星の別名である天香香背男神のほか、牽牛星《けんぎゅうせい》と織女星《しょくじょせい》を合祀している。牽牛星と織女星は七夕伝説の彦星と織姫に当たり、同社では現在も八月に星祭が行われている。
天香香背男神は『日本書紀』において、牽牛星や織女星とは関係のない、服従を拒む星神として登場する。星神社で三柱がともに祀られるようになったのは、古代の天津甕星信仰に、中国から伝わった七夕の星祭や地域の伝承が重なった結果である。現在の縁結びや夫婦円満の信仰も、主祭神の大己貴命や牽牛星・織女星を含む神々全体に寄せられたものであり、天津甕星だけの神徳と断定することはできない。
神話では討つべき悪神、または最後まで服従しない神として描かれた天津甕星であるが、後世には夜空に輝く星を司る神として祭祀に取り込まれた。大甕神社で地主神となった姿と同様に、敗れた神が排除されるだけでなく、土地や祭礼を守る神として祀り直された例である。
出典・参考:『日本書紀』、星神社公式サイト「星神社について」「由緒」
出典文献
日本書紀
神格
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
かかせお
日本書紀
天津甕星あまつみかぼし
日本書紀/先代旧事本紀
天香香背男あめのかかせお
日本書紀/先代旧事本紀
天香香脊男命あめのかがせおのみこと
その他
星神加加脊尾命ほしかみかかせおのみこと
その他
甕星香香背男みかぼしかがせお
その他
香香脊男命かがせおのみこと
その他
祀られている主な神社
星宮熊野神社
(茨城県結城市上山川4718番地)
星宮神社
(栃木県栃木市岩舟町静4165)
松永神社
(埼玉県久喜市松永345)
明星神社
(神奈川県二宮町中里宮久保886)
星神社
(岐阜県八百津町上吉田1832番地)
