平知盛
たいらのとももり
- 歴史的人物
- 男神・男性

月岡芳年

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1003位
- 武人
平安 [1152年~1185年]
平知盛とは?
平知盛(115-1185)は平安時代後期の武将。平清盛の四男、母親は平時子。平次の乱で勝利した父清盛は武蔵国を知行国として獲得し、知盛は武蔵守となる。その後も知盛は順調に出生重ね従二位の位階を賜り、入道相国最愛の息子と周囲から噂される存在となっていく。この頃平氏は権勢の頂点にあり多くの平氏一門は驕り高ぶる様であったが、知盛は源氏の勢力が強い東国で平氏の家人を獲得し地盤を固めた。知盛の武将としての才気が伺うことが出来る。しかし、平氏の専横は朝廷との不和を招き源氏の平氏討伐の挙兵招く事となった。源頼朝が挙兵した富士川の戦いでは平氏側は敗北し知盛は安徳天皇を守護して京に戻る事となった。福原で病没した清盛の息子宗盛は朝廷側との和解を画策するが果たせず、源氏の追討は激しくなり瀬戸内各地を転戦するが壇ノ浦において平氏は滅亡、知盛は鎧をまとったままで入水し自害した。 知盛は福岡県久留米市にある平神社に祭神として祀られている。知盛は壇ノ浦で自害したとされる一方で筑後に落ち延び身を寄せた草野氏の裏切りにより死に至ったという逸話も残されている。平神社はこれを憐れんで建てられた供養塔が創始であると伝えられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
新中納言しんちゅうなごん
その他
