吉備真備
きびのまきび
- 歴史的人物
- 男神・男性

月岡芳年

玉蘭斎貞秀(神佛図會)

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング207位
- 学者
奈良 [693年または695年~775年]
吉備真備とは?
吉備真備(695?-775)は奈良時代の学者。下道圀勝の子。吉備国(岡山県)で有力豪族の一族に生まれる。初めの名は下道真備。後に吉備朝臣の氏姓を下賜される。貴族としてはあまり高い身分ではない真備だったが、その才能を認められ20代前半の若さで唐への留学生に選ばれる。真備は留学中に儒教、歴史、音楽、兵学など幅広い分野を、約18年もの長い期間にわたって学ぶ。帰国後は唐で得た知識を重用され、右大臣であった橘諸兄のもと政権内で活躍した。しかし、その後政権を握った藤原仲麻呂によって左遷され中央から退けられる。この翌年には再び唐へ渡り、鑑真を連れ帰るという大事をなして帰国した。藤原仲麻呂の起こした乱では、70歳になっていた真備の指揮により迅速に鎮圧。この功により出世を重ね、豪族出身としては異例の右大臣にまで昇進した。 真備は御霊神社(京都府京都市)や大阪天満宮吉備社(大阪府大阪市)、吉備彦神社(兵庫県尼崎市)、賀露神社(鳥取県鳥取市)などで祭神としてまつられている。吉備彦神社や賀露神社には、真備とゆかりの地に建立されたことが社記に残されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
上御霊神社
(京都府上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495)
賀露神社
(鳥取県鳥取市賀露町北1丁目21−8)
御靈神社
(群馬県前橋市粕川町女渕1174番地1)
御霊神社
(埼玉県神川町大字中新里字羽場48)
御霊神社
(埼玉県羽生市上岩瀬632)
